コピー大学学長のコピーライターになったエピソードをお届けしています。
宣伝会議の講師から怒鳴られた話
30年以上前のこと。
ぼくは、宣伝会議のコピーライター養成講座に通っていました。
一般コースを終えたあとに、専門コースに進みました。
専門コースに通っている頃のぼくは、吹けば飛ぶような小さな広告制作会社でアルバイトとして働いていました。
名刺は、「コピーライター」という肩書きでしたが、素人同然。
今思うと、恥ずかしくて自分で穴を掘って入りたいくらいです。
実績なんてほとんどありません。
仕事が回ってくるとしても、ハガキ1枚のDMやA4サイズのチラシのコピーくらいです。
「もっとコピーライターっぽい仕事をしたい」
DMやチラシもコピーライターにとって大切な仕事なのですが、ポスターや新聞・雑誌広告といった目立つような広告のキャッチコピーをやってみたいと思っていたのです。
『実績がないから大きな仕事が回ってこないんだな』
そもそも素人同然のぼくには、広告コピーの仕事自体が回ってくるチャンスがほとんどありません。
『そうか! 実績がないなら自分で作ればいいんだ!』
と、考えたぼくは
「コピーコンテストで入賞して実績をつくる」
という作戦を思いつきました。

『大きなコンテストは競争が激しいけど、小さなコンテストなら応募者が少なくて入賞できる確率も高いはず』
と、大きなコンテストはもちろん、小さなコンテストなも探し回ってとにかく応募しまくりました。
どんな小さなコンテストでもいいので、入賞実績をつくることが先決だと考え、標語にも応募しました。
すると立て続けにいくつかの標語コンテストで入賞したのです。
優秀賞もいただき、地元の広報誌にも掲載されました。
ほんのちょっぴり有頂天になったぼくは、「標語は狙い目だ」と、応募し続けました。
そんなある日。
コピーライター養成講座 専門コースの授業中に、博報堂の営業部長から
「なんだこれは! こんなのはコピーじゃない!!」
と、提出した課題について、先生にこっぴどく叱られてしまいました。
「なんだこれは。まるで標語じゃないか!!!」
と。

標語のコンテストに応募しまくっていたぼくは、コピーを「五・七調」「七・五調」で作ってしまっていたのです。
しかも、きかっかりと五・七・五。
まるで俳句や川柳のようでした・・・。
意図的に、五・七・五でコピーをつくることもありますが、どうしても、俳句や川柳のようなリズムになってしまうので広告コピーとしてはあまり適さないのです。
「駆け出しのコピーライター」とも言えないほどのひよっこの頃は、広告のこともコピーのことも、まだまだ何も分わかっていませんでした。