コピー大学学長のコピーライターになったエピソードをお届けしています。
つくったコピー案が勘違いされてしまったエピソード
20代の頃にアルバイト入社して、その後正社員にしてもらった会社は、「なんちゃって広告制作会社」のような会社でした。
基本的には、カタログ、パンフレット、ポスター、DM、冊子、広報誌など、あらゆるタイプの印刷物をつくる仕事がメインの会社だったのです。
デザインやコピー、文章、写真などの素材がほぼ揃っているものを体裁を整えて印刷物にしての納品する。
まるで印刷会社のような会社でした。
クリエイティブ要素がほとんどない仕事が8割で、クリエイティブ要素がある仕事は2割程度しかありませんでした。
ある時、大手鉄道会社の「日帰り温泉旅行のモノクロのチラシ」のキャッチコピーを頼まれたことがありました。
印刷枚数は数百枚だったので、人目に触れる機会はほとんどないチラシです。
それでも、一応「キャッチコピー」の仕事でした。
一生懸命考えた案の中から厳選し、5案を提案。
まだe-mailが存在しなかった時代だったので、プリントアウトしてFAXしました。
しばらくしてからクライアントから電話がかかってきて、
「ん〜。あのさぁ・・・」
と、何か言いにくそう。
「えっ? ダメでしたか? あのコピー」

「このコピー、長すぎない? あまりにも長ったらし過ぎるよ」
・・・。
5案のコピーを、5行に分けて印刷してFAXしたのですが、それを1つのキャッチコピーだと捉えられてしまったのです。
どんなコピー案を考えて送ったのかは覚えていませんが、5案のキャッチコピーを、ひとつのキャッチコピーだと思われてしまいとてもショックだったことだけは、はっきりと覚えています。
こんなへっぽこコピーライター時代が、5〜6年続くのでした。