コピー大学学長のコピーライターになったエピソードをお届けしています。
世界的な大手企業と直接取引してコピ−を書いた
小さな制作会社で7年間ほど、コピーライターをやっていました。
10名前後の会社だったので、コピーだけでなく営業も担当。
中小企業のカタログやチラシのコピーが多く、目立つような広告の仕事はほとんどありません。
たまに、新聞広告や雑紙広告のコピーも書きましたが、いずれも業界誌(誌)です。
しかも、とてもニッチな業界か、名前も知られていない中小企業の広告。
「メジャーな仕事をしたい」という気持ちにあふれていた若いころ、異業種交流会に参加し、せっせと名刺交換をして仕事獲得に精を出していました。
いろんな人に会うのが楽しくてまったく苦になりませんでした。むしろ、世界が広がったり、いろんなことを教えてもらったりと、得たもののほうが多かったような気がします。
そんな活動を続けていると、チャンスは巡ってくるものですね。
世界的に有名な日本の電機メーカーとの縁ができ、仕事がもらえることに。
歩きながら音楽を聴けるプレイヤーを発明した会社です。
SONYです。
最初にもらった仕事は、A4ペラの商品リーフレット。
業務用の8ミリビデオカメラと編集システムをセットにした商品のコピーです。
コピーだけでなく、ディレクターも担当し、自らキャッチコピー、ボディコピー、スペックなども書いて提案。
デザイン案、コピー案を持ってクライアントに。
それを見たクライアントの担当者からひと言。
「これじゃダメだな。こっちで全部書き直すから」
クライアントからのダメ出し。
しかも、コピー一式すべて。
書き直しを命じられるならまだしも、「こっちで全部書き直すから」って。
身も蓋もありませんでした・・・。
ショックだったし、悔しかった。
かなり落ち込みました。
でも、それが原動力となり、もがいて頑張りました。
宣伝部の人を紹介してもらい、何度も訪問して頭を下げて、ようやく仕事をもらえることに。

そして、初期の携帯電話のポスターやパンフレットのコピーを手がけることができました。
実際に、自分が書いたコピーが採用されるようになりました。
仕事としてはメジャーではありませんが、世界的に有名な大手企業の仕事でした。
それなりに自信につながりました。
失敗しようが恥ずかしい思いをしようが、とにかくチャレンジする、行動することが大切なんです。
何度失敗を重ねても、それでも前に進んで行く。
すると、いつか新たな道が拓けていくんです。